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世界の大問題

Posted by まさや・ちあき on 06.2014 イスラエル   2 comments   0 trackback
※今日は一旦、旅の話は中断です。



世界的にも大きな注目を集めているパレスチナ問題



この大問題について、僕はこれまで特に関心を持つことなく生活していました。


日本でもニュースや新聞で大きく取り上げられていたにも関わらず…です。




でもイスラエルに行くと決めてからネットやニュースで情報を得たり、


イブラハム・ピースハウスでイブラハムさんや宿の人達から話を聞く中で、パレスチナ問題を身近な問題としてとらえることができるようになってきています。





◆パレスチナ問題って一体何なの?



ものすごく大まかに言うと、これはユダヤ人とアラブ人の土地をめぐる争いです。




それにはイスラエルという国の歴史が関係しています。




紀元前、今のパレスチナがある地域にはユダヤ人が暮らしている王国がありました。



ユダヤ人はこの地のことを「神に与えられた土地」と信じています。



しかしローマ帝国にユダヤ国家は滅ぼされ、ユダヤ人は世界中に散り散りになります。




そしてこの地には新たにアラブ人が住み始めました。




一方、世界中に散らばったユダヤ人は先々で差別や迫害を受けることになります。



なんとその期間は約2000年にも及びます。



ここで特に有名なのが、ナチスによるユダヤ人迫害など。





19世紀末、ユダヤ人はこの苦しい状況から逃れる手段として、「自分達の国を作ればいいのでは?」と考え始めます。



しかし自分の土地を持っていないユダヤ人、




ここで、「祖先が暮らしていた土地(パレスチナ)に戻ろう!」という回帰運動が起こりました。




長い時を経ても、ユダヤ人はパレスチナの地のことを「神に与えられた土地」と信じていたのです。





そんなときに起こった第一次世界大戦



この時、パレスチナの土地を支配していたのはオスマン帝国(トルコ)でした。



このオスマン帝国に目をつけたのが



当時、強大な力を誇っていたイギリスです。 ←この話のポイント!



この頃のイギリスは、自分が戦うよりも他の国に武器や資金を援助しながら戦争に参加し、後から莫大な利益を得るという戦法をとっていました。




イギリスはお金持ちのユダヤ人にある提案を持ちかけます。


①「ユダヤ人が戦争の資金を援助してくれたら、パレスチナにユダヤ人の国を作っていいよ。」





そして、パレスチナの地に住んでいるアラブ人にもこう持ちかけます。


②「オスマン帝国と戦って、勝つことができたらアラブ人の国を独立させてあげる。」





そしてそして、ロシアとフランスとは


③「戦争に勝ったら、この土地は3人で山分けな!」



という約束を事前にしてました。



イギリス酷すぎます…。



このことはイギリスの「三枚舌外交」と呼ばれています。





そして



この約束もあってか、イギリスはオスマン帝国に勝利しました。



しかしイギリスの三枚舌外交のおかげで戦後は大混乱!



当然、ユダヤ人とアラブ人の間で「ここは自分達の土地だ!」という主張のもと争いが始まります。



手がつけられなくなったイギリスは、この問題を国連に委ねることに。



悪く言うなら丸投げです。


DSC00609_201411010441532f5.jpg
(風刺画:イギリスの国旗を縫い続けるアラブ人の男の子)




しかし、国連が出した決議にも両者は納得することができませんでした



その内容は


● 56.5%の土地をユダヤ国家


● 43.5%の土地をアラブ国家 


● 3つの宗教の聖地・エルサレムは国際管理



というものでした。



決議に対して、特に納得がいかなかったのがアラブ人。



不満の内容は


◆つい今まで暮らしていた土地の半分以上をユダヤ人に奪われたこと


◆しかもユダヤ人の人口はアラブ人の三分の一以下ということ




さらに



この状況下で、ユダヤ人が「イスラエル国家」の独立を宣言してしまいます。



アラブ人の怒りは頂点に…!。



そうして、近隣のアラブ諸国を含めたアラブ人とイスラエル人との間で中東戦争が始まりました。





結果、中東戦争ではイスラエルが勝利



ユダヤ人にとっての待望の母国(イスラエル)が生まれた瞬間でした。




そして多くのアラブ人がパレスチナ難民となり外国に移住、もしくはイスラエル国内の隅っこに追いやられます。



その追いやられた先が現在のパレスチナ自治区

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現在、パレスチナ自治区に住むパレスチナ人は限定された生活圏の中で暮らしています。


捉え方によっては、ユダヤ人がパレスチナ人を迫害しているとも見ることができます。



その迫害行為の1つとされているのが隔離壁(アパルトヘイト・ウォール)の建設。



パレスチナ自治区に住む人達は、この高い壁の内側に閉じ込められ、監視されながら日々暮らしています。



もちろん壁の建設についてはイスラエル側にも主張があって、


それはテロリストによる暴動や無差別のミサイル攻撃に備えるための手段とされています。




と!




ここまで前置きか長くなってしまいましたが、


今日、僕達はその壁の内側に行ってきました。


パレスチナ自治区のベツレヘムという町です。

DSC_2036_20141101044203ab7.jpg


DSC_1923_20141101044313f1a.jpg



百聞は一見にしかず。


できるだけ先入観を持たずにフラットな気持ちで現地を見るように心掛けました。


今日感じたことや考えたことについて、また明日書いていこうと思います。




今回は文章ばかりで長くなってしまいました…。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




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マサヤさん
この記事本当に分かりやすかったです。

僕も前、調べたんですけど、難しくて結局なんだかわかっていませんでした。

多分スゴいこれを書くのに時間が掛かったと思います。
おつかれさまです。
2014.11.08 04:41 | URL | お名前 #- [edit]
読んでくれてありがとう!

僕はわかりやすく説明してくれてるサイトやブログを参考にさせてもらっただけだからね…!

歴史ももちろんだけど本当に理解しなきゃいけないのは今の状況だから、それをしっかり見ることができたらって思います。
2014.11.09 02:08 | URL | まさや #- [edit]


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海越え、山越え、町を越え、ついに始まる2人旅!
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